大阪高等裁判所 昭和42年(ネ)989号 判決 1981年10月29日
昭和四二年(ネ)第九八九号事件控訴人
同年(ネ)第一〇〇一号事件被控訴人(第一審原告) 秋山圭
同(第一審原告) 秋山小まつ
同年(ネ)第九八九号事件控訴人 坂下宇八
右三名訴訟代理人弁護士 井関安治
昭和四二年(ネ)第九八九号事件被控訴人
同年(ネ)第一〇〇一号事件控訴人(第一審被告) 金尚淑
右訴訟代理人弁護士 松隈忠
主文
一、昭和四二年(ネ)第一〇〇一号事件控訴人(第一審被告)金尚淑の控訴を棄却する。
二、昭和四二年(ネ)第九八九号事件控訴人(第一審原告)秋山圭、(同)秋山小まつ、坂下宇八の控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。
1. 申請人第一審原告秋山圭、同秋山小まつ、被申請人第一審被告金尚淑および亡金(金沢)平翰との間の大阪地方裁判所昭和二九年(ヨ)第二八三〇号不動産仮処分事件の和解調書にもとづき、第一審原告秋山圭、同秋山小まつが第一審被告金尚淑(亡金平翰の相続人として)に対して負担する連帯債務のうち、四二四万九、七六八円および内金一八六万二三四四円に対する昭和三六年七月八日から右支払済まで年三割の割合による金員を超える部分の債務は存在しないことを確認する。
2. 第一審被告金尚淑は、第一審原告秋山圭、同秋山小まつから四二四万九七六八円および内金一八六万二三四四円に対する昭和三六年七月八日から右支払済まで年三割の割合による金員の支払を受けるのと引き換えに、第一審原告秋山圭に対し、別紙物件目録(イ)(一)ないし(四)の物件になされている別紙登記目録一(一)ないし(四)記載の各登記の各抹消登記手続をせよ。
3. 第一審原告秋山圭、同秋山小まつは、第一審被告金尚淑に対し、別紙物件目録(イ)(一)ないし(四)記載の各物件を引渡せ。
4. 控訴人坂下宇八は被控訴人金尚淑に対し、別紙物件目録(イ)(四)記載の建物を明渡せ。
5. 第一審原告秋山圭、同秋山小まつの第一審被告金尚淑に対するその余の本訴請求、第一審被告金尚淑の第一審原告秋山圭、同秋山小まつに対するその余の反訴請求、被控訴人金尚淑の控訴人坂下宇八に対するその余の請求は、いずれもこれを棄却する。
三、訴訟費用(反訴費用を含む)は、第一、二審を通じ、第一審原告秋山圭、同秋山小まつと第一審被告金尚淑との間に生じたものはこれを五分し、その三を同第一審原告らの、その余を同第一審被告の、被控訴人金尚淑と控訴人坂下宇八との間に生じたものはこれを五分し、その一を同被控訴人の、その余を同控訴人の各負担とする。
四、この判決の二の3項は第一審被告金尚淑において二〇〇万円の担保を供するとき、同二の4項は被控訴人金尚淑において一〇〇万円の担保を供するときは、それぞれ仮りに執行することができる。
事実
第一、当事者の求める判決
一、第九八九号事件
(第一審原告秋山圭、同秋山小まつ、控訴人坂下宇八)
1. 原判決を次のとおり変更する。
2. 申請人第一審原告秋山圭、同秋山小まつと、被申請人第一審被告金尚淑および亡金(金沢)平翰との間の大阪地方裁判所昭和二九年(ヨ)第二八三〇号不動産仮処分事件の和解調書にもとづき、同第一審原告らが同第一審被告(亡金平翰の相続人として)に対し昭和二九年一二月二二日限り支払うべき二五〇万円の債務は存在しないことを確認する。
3. 第一審被告金尚淑は、第一審原告秋山圭に対し別紙物件目録(イ)(一)ないし(四)記載の物件になされている別紙登記目録一(一)ないし(四)記載の各登記の抹消登記手続をせよ。
4. 第一審被告金尚淑の第一審原告秋山圭、同秋山小まつに対する反訴請求を棄却する。
5. 被控訴人金尚淑の控訴人坂下宇八に対する請求を棄却する。
6. 訴訟費用は第一、二審とも第一審被告(被控訴人)金尚淑の負担とする。
(第一審原告秋山圭の当審における前3項の予備的請求)
かりに前2項記載の債務が残存する場合には、第一審被告金尚淑は、第一審原告秋山圭、同秋山小まつから右残存債務の支払を受けるのと引き換えに第一審原告秋山圭に対し前3項記載の抹消登記手続をせよ。
(第一審被告金尚淑)
1. 第一審原告秋山圭、同秋山小まつ並びに控訴人坂下宇八の本件各控訴および第一審原告秋山圭の当審における予備的請求はいずれも棄却する。
2. 当審費用は、第一審原告秋山圭、同秋山小まつ、控訴人坂下宇八の各負担とする。
二、第一〇〇一号事件
(第一審被告金尚淑)
1. 原判決主文第一項を取消す。
2. 第一審原告秋山圭、同秋山小まつの債務不存在確認請求を棄却する。
3. 訴訟費用は、第一、二審とも第一審原告秋山圭、同秋山小まつの負担とする。
(第一審原告秋山圭、同秋山小まつ)
1. 第一審被告金尚淑の本件控訴を棄却する。
2. 控訴費用は、同第一審被告の負担とする。
第二、当事者の主張
次のとおり付加するほかは原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決五枚目裏五行目「エリザヘス」とあるを「エリザベス」と、同七枚目表二行目「錯娯」とあるを「錯誤」と、同七枚目裏一二行目「同人」とあるを「金平翰」と、同九枚目裏七、八行の記載を、「原告等は昭和三〇年一月一〇日一四万二五〇〇円、同月二五日一一万二五〇〇円、同年二月九日一一万二五〇〇円、合計」と、同一二枚目表一二行目「(三)」とあるを「(四)」と、同一三枚目裏一二行目「当事」とあるを「当時」と、同一七枚目表一一行目「四五〇〇、〇〇〇円」とあるを「五四〇〇、〇〇〇円」とそれぞれ訂正する。なお、原判決別紙和解条項は本判決別紙和解条項記載のとおり訂正し、また原判決別紙物件目録同登記目録と同一のものを別紙として本判決末尾に添付する)。
(第一審原告秋山圭、同秋山小まつにおいて)
1. 詐欺を理由とする取消
(一) 第一審原告秋山圭はかつて訴外松代松四郎から大阪市北区小松原町一番地所在のスタンドエリザベスの建物を賃借していたところ、第一審被告金尚淑の先代金平翰は、昭和二九年一一月二九日訴外雨積平治郎に対し右建物の老舗権(賃借権を含む)を代金四八万七五〇〇円で譲渡し、そのころ同訴外人から右代金を受領した。しかるに、金平翰は、昭和二九年一二月七日の本件和解の際、第一審原告秋山圭、同秋山小まつに対し、右譲渡代金を受領していない旨嘘をいって、同第一審原告らをしてその旨誤信させたうえ、本件和解を成立させた。
(二) 第一審原告秋山圭、同秋山小まつは、昭和五二年一一月八日の本件口頭弁論期日において、本件和解条項に定められている同第一審原告らの本件貸金債務二五〇万円のうち右四八万七五〇〇円の部分につき、右詐欺を理由にこれを取消す旨の意思表示をした。
2. 弁済充当
(一) 第一審被告金尚淑および金平翰は、昭和二九年一二月中ごろ氏名不詳の第三者に対し、前記スタンドエリザベス建物内にあった第一審原告秋山圭所有の営業用什器を代金三五万円で売渡した。
(二) 右売却代金三五万円は本件貸金債権の弁済期である同月二二日に、右債権の弁済として当然充当されたものである。
3. 相殺その一
(一) かりに当然充当がないとすれば、第一審被告金尚淑および金平翰は、前記のとおり第一審原告秋山圭所有の営業用什器を代金三五万円で売渡してこれを利得し、同第一審原告に対し同額の損害を被らせたものである。
(二) 第一審原告秋山圭、同秋山小まつは、昭和五三年七月一二日の本件口頭弁論期日において、右不当利得返還債権をもって、第一審被告金尚淑の本件貸金債権とその対当額において相殺する旨の意思表示をした。
4. 相殺その二
(一) 第一審被告金尚淑および金平翰は、本件和解契約の成立した翌日である昭和二九年一二月八日から昭和三〇年九月三〇日までの間、別紙物件目録(ロ)(ニ)記載の建物すなわち第一審原告秋山小まつ所有のダイヤアパート三四室のうち、本件和解条項5記載の管理室等五室を除く残りの二九室の各貸室賃借人から、一か月合計一〇万五六〇〇円の割合による賃料を徴収してこれを利得し、また、昭和三〇年一〇月一日から昭和三三年八月二九日までの間、右ダイヤアパート二九室のうち第一審原告秋山小まつが占有回収をした一〇室を除く残り一九室の貸室賃借人から、一か月合計七万一六〇〇円の割合による賃料を徴収してこれを利得し、もって第一審原告秋山小まつに対し、同額の損害を被らせた。
なお、第一審原告秋山小まつは、昭和三〇年三月三〇日訴外永島久子に対し前記ダイヤアパート建物の所有権を譲渡しているけれども、その際同訴外人に対して、右アパートの賃貸人としての地位についてはこれを譲渡していなかったから、第一審被告金尚淑らが同日以降前記のとおり貸室賃借人から賃料を徴収したことにより第一審原告秋山小まつはその分の損害を被っているものというべきである。
(二) 第一審原告秋山圭、同秋山小まつは、昭和五三年七月一二日の本件口頭弁論期日において、前記各賃料不当利得返還債権をもって、第一審被告金尚淑の本件貸金債権とその対当額において相殺する旨の意思表示をした。
5. 第三者弁済
第一審原告秋山小まつは本件和解後永島久子に別紙物件目録(ロ)(一)(二)記載の土地建物を譲渡したところ、永島久子の夫永島正道は、右物件の担保権を抹消するため、本件貸金債務の弁済として第一審原告らに代位して第一審被告金尚淑に対し、昭和三三年八月二九日二〇万円、昭和三六年七月七日八〇万円合計一〇〇万円を支払った。
6. 本件貸金債務の計算関係
以上述べた事実や原審で主張していた事実にもとづき本件貸金債務の元利金を計算すると、別表7の貸金債権消却計算書の示すとおり、昭和三〇年八月一日当時をもって本件貸金債務は元利金とも消滅しているものである。
そうすると、本件和解調書にもとづき、第一審原告秋山圭、同秋山小まつが第一審被告金尚淑に対し昭和二九年一二月二二日限り支払うべき二五〇万円の本件貸金債務の存在しないことが明らかであり、また、同第一審被告は、第一審原告秋山圭に対し別紙登記目録一(一)ないし(四)記載の各登記の各抹消登記手続をすべき義務がある。
7. 同時履行
かりに、本件貸金債務が残存するとした場合、右各登記は本件貸金債権を担保する目的でなされた仮登記担保契約に基づくものであるから、第一審原告秋山圭は、第一審被告金尚淑に対し、第一審原告らから本件貸金残債務の支払を受けるのと引き換えに、別紙登記目録一(一)ないし(四)記載の各登記の各抹消登記手続をすることを求める(この請求は当審における予備的請求である)。
(第一審被告金尚淑において)
1. 第一審原告秋山圭、同秋山小まつの前記1ないし7記載の主張はいずれも争う。
2. かりに、前記5(第三者弁済)の主張が認められるとしても、その弁済金は、本件貸付元金一八六万三七七一円に対する昭和三〇年六月一七日から同三二年三月三日までの年三割の割合による遅延損害金の支払に充当さるべきである。
第三、証拠<省略>
理由
第一、第一審原告秋山圭、同秋山小まつの第一審被告金尚淑に対する本訴請求について
一、本件和解の成立
第一審原告秋山圭、同秋山小まつと亡金平翰との間においてかつて金銭消費貸借並びに別紙物件目録(イ)(ロ)記載の各物件の権利をめぐって紛争が生じ、同第一審原告らは、昭和二九年一一月第一審被告金尚淑および亡金平翰を相手方として大阪地方裁判所に不動産仮処分申請をし、同庁同年(ヨ)第二八三〇号事件として係属中の同年一二月七日、右当事者間に別紙和解条項記載の内容の裁判上の和解が成立したこと、なお金平翰は昭和三二年五月三一日死亡し、第一審被告金尚淑がその権利義務一切を相続承継したことは、いずれも当事者間に争いがない。
二、本件和解と仮登記担保関係
1. 前記当事者間に争いのない事実および成立に争いのない甲第二ないし七号証によれば、第一審原告秋山圭、同秋山小まつと第一審被告金尚淑、亡金平翰とは、本件和解によって、同第一審原告らが金平翰に対し貸金二五〇万円およびこれに対する昭和二九年一二月二三日から完済まで日歩三〇銭の割合による遅延損害金を連帯して支払うべき旨の債務のあることを相互に確認するとともに、金平翰は、同第一審原告らの所有する別紙物件目録(イ)(ロ)記載の各物件につきなした代物弁済予約並びに別紙登記目録一(一)、二(一)各記載の所有権移転請求権保全仮登記によって、同第一審原告らに債務不履行があった場合、右不動産を取得し、前記貸金債権の満足をはかることができる旨、すなわち、右当事者間にいわゆる仮登記担保契約の締結されていることを相互に確認していたものと認めることができる。
2. ところで、一般に当事者が仮登記担保契約を締結する趣旨は、債権者が目的不動産の所有権を取得すること自体にあるのではなく、当該不動産の有する金銭的価値に着目し、その価値の実現によって自己の債権の排他的満足を得ることにある。そして、目的不動産の所有権の取得は、このような金銭的価値の実現の手段に過ぎないものと考えられるから、仮登記担保関係における権利の内容は、当事者が別段の意思を表示し、かつ、それが諸般の事情に照らして合理的と認められる特別の場合を除いては、仮登記担保契約のとる形式のいかんを問わず、次のようなものである。すなわち、仮登記担保権利者は、債務者の履行遅滞があった場合に代物弁済予約完結の意思表示等をしたうえ、目的不動産を処分する権能を取得し、これに基づいて、当該不動産を適正に評価された価額で確定的に自己の所有に帰せしめること(これを帰属清算といい、この方法が原則的な形態である)、又は相当な価格で第三者に売却等をすることによって、これを換価処分し(これを処分清算という)、その評価額又は売却代金から自己の債権の弁済を得るという内容のものである。そして右の場合、目的不動産の換価額が債権額を超えるときには、仮登記担保権利者は、右超過額を清算金として債務者に交付すべき義務がある。以上のとおり解するのが相当である(最高裁判所昭和四九年一〇月二三日大法廷判決、民集二八巻七号一四七三頁参照)。
そこで、本件仮登記担保契約の権利内容についてこれを検討してみる。
まづ、第一審原告秋山圭、同秋山小まつと第一審被告金尚淑、金平翰との間で昭和二九年一二月七日成立した本件和解の条項には、別紙和解条項2項のとおり「同第一審原告らは、金平翰に対し右債務の支払を確保するため、別紙物件目録(イ)(ロ)記載の各物件につき売渡担保としてその所有権を内外共に金平翰に譲渡する」旨の記載がなされているけれども、同条項の「右債務の支払を確保するため」とか「売渡担保として」とか、あるいは別紙和解条項4項に記載されている「同第一審原告らは金平翰に対し換価処分の前提として右各物件を明渡さなければならない」とかの各文言を通読すれば、前記当事者は本件和解において本件仮登記担保契約につき前記清算を要しない旨の特約をなしたものと解することはできない。
また、第一審被告金尚淑は、昭和三九年一月一四日第一審原告秋山圭、同秋山小まつらの代理人山木信一との間において、(イ)同第一審原告らは第一審被告金尚淑が本件各物件につき完全な所有権を有することを認め、これを直ちに同第一審被告に引渡すこと、(ロ)同第一審被告は、同第一審原告らが同和火災海上保険株式会社に対して有する保険金五四〇万円の取下につき同意することを内容とする和解が成立し、同第一審被告は右(ロ)の義務を履行したとの旨主張しているところ、たとえ右主張事実が真実であったとしても、その主張の和解契約により右当事者が本件仮登記担保契約につき前記清算を要しない特約をしたものであるとはにわかに解することができない。そればかりではなく、かりにこれを積極に解しても、右特約の合理性とは、清算時点における、目的不動産価額の債権額(換価に要した相当費用額を含む)を上回る程度がそれ程大きくないため、清算を要求することが仮登記担保権者にとって酷であるなどの特別の事情が存する場合をいうものであるところ、本件の場合第一審被告金尚淑が前記第一審原告らの同和火災海上保険株式会社に対して有する保険金の取下げ手続に同意し、これを履行したという前記主張事実だけでは、当事者が右清算を要しない特約をなしたことの合理的な特別の事情のあったものということはできない。
そのほかに、本件全証拠によるも、前記当事者が本件仮登記担保契約について前記清算を要しない特約をし、かつ、それが諸般の事情に照らして合理的と認められるような特別の事実の存在を確認することができない。
そうすると、本件仮登記担保契約は、帰属清算(これが原則的な形態であることは前述のとおりである)、処分清算のいずれかを内容とするものであるが、帰属清算の場合、債務者は、清算金の支払があるまで本登記手続義務の履行を拒みうることに特質があるところ、成立に争いのない甲第一号証、前記甲第二ないし五号証、第一審被告金尚淑本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すれば、第一審原告秋山圭、同秋山小まつは、本件貸金債務の弁済期である昭和二九年一二月二二日に右債務を弁済しなかったので、金平翰は、同三〇年四月ごろ同第一審原告らに対し、別紙物件目録(イ)(一)ないし(四)記載の物件になされていた代物弁済予約につきその完結の意思表示をしたうえ、甲第一号証の和解調書(本件和解調書)を原因証書として、別紙登記目録一(一)記載の仮登記にもとづき同年四月二五日同目録一(四)記載の本登記をしてしまっていることが認められ、右の事実と本件和解の内容、殊に和解条項4項に「換価処分の前提として右各物件を明渡さなければならない」との文言があること等を考えあわすと、本件仮登記担保契約の内容は処分清算の場合であると認めるのが相当である。
このように本件仮登記担保契約は処分清算を伴うものというべきところ、亡金平翰ないし第一審被告金尚淑が別紙物件目録(イ)記載の各物件についてこれを相当な価格で第三者に売却し、もって第一審原告秋山圭に対し清算金の支払をするなどをしていないことは弁論の全趣旨によって明らかであり、このような場合、債務者は、右清算のなされるまで、債務全額を弁済し、仮登記担保権を消滅させ、担保のための登記を抹消してその目的不動産の完全な所有権を回復することができるものと解すべきである。
そこで、第一審原告秋山圭、同秋山小まつの本件貸金債務消滅の主張について順次判断する。
三、本件貸金債務消滅の有無
1. 本件貸金二五〇万円のうち四八万七五〇〇円は錯誤により無効であるとの請求原因第二項(一)(1)について
成立に争いのない乙第一号証、第一審原告秋山圭、同秋山小まつ各本人尋問の結果を総合すると、第一審原告秋山圭はかつて訴外松代松四郎からスタンドエリザベス(大阪市北区小松原町一番地所在木造トタン葺二階建家屋一戸一棟のうち二階全部)の建物を賃借していたところ、金平翰が前記第一審原告らに対する本件貸金債権の回収手段として昭和二九年七月ごろから右建物を占有したことが認められる。
ところで、前記第一審原告らは、金平翰が昭和二九年一一月二九日訴外雨積平治郎に対し右建物の老舗権(賃借権を含む)を代金四八万七五〇〇円で譲渡した旨主張し、成立に争いのない甲第一〇号証、第一審原告秋山圭、同秋山小まつ各本人尋問の結果には、右主張に沿う記載および供述部分がなされているのであるけれども、右記載および供述部分は、前記乙第一号証、第一審被告金尚淑本人尋問の結果と対比してたやすく措信できない。
すなわち、右乙第一号証によれば、前記スタンドエリザベスの建物を占拠していた金平翰は、前記松代松四郎から右建物明渡の訴訟(大阪地方裁判所昭和二九年(ワ)第五四五二号事件)を提起され、昭和二九年一一月二九日大阪地方裁判所において右松代との間で右建物を同日限り右松代に明渡すこと、右明渡をなした場合には右松代は金平翰に対し右建物に対する同日までの損害金を全部免除することなどの条項による裁判上の和解をしていることが認められ、それによると、金平翰は、昭和二九年一一月二九日松代松四郎に対し前記建物を明渡すべき旨の裁判上の和解をしているうえ、しかも右約定を履行しない場合には同人から損害賠償請求権を行使されるおそれのあったことが明らかであって、このような状況の下で金平翰が、同日雨積平治郎に対し前記建物の老舗権を売買譲渡したとはとうてい考えられないところであり、この事実に第一審被告金尚淑本人尋問の結果を合せると、前記甲第一〇号証の記載および第一審原告ら本人の供述部分をたやすく信用するわけにはゆかない。
そのほかに前記第一審原告らの主張事実を認めるに足る証拠はない。
そうすると、金平翰が雨積平治郎から老舗権売買代金四八万七五〇〇円を受領したことを前提とする第一審原告秋山圭同秋山小まつらの錯誤の主張はその余の点を判断するまでもなく理由がない。
2. 本件貸金二五〇万円のうち前記四八万七五〇〇円は詐欺を理由として取消す旨の当審の主張1について
しかし、金平翰が昭和二九年一一月二九日雨積平治郎に対しスタンドエリザベスの建物の老舗権を代金四八万七五〇〇円で譲渡したという事実の認め難いことは前1項に判示したとおりであるから、右譲渡のなされたことを前提とする詐欺に基づく取消の主張も理由がない。
3. 本件貸金二五〇万円のうち六二万五五〇〇円は錯誤により無効であるとの請求原因第二項(一)(2)について
前記甲第一号証、第一審原告秋山圭、同秋山小まつ各本人尋問の結果によれば、第一審原告秋山小まつは、従前、その所有する別紙物件目録(ロ)(二)記載の建物においてダイヤアパートの名称のもとに貸室業を営んでいたものであり、同アパート三七室の貸室料は一か月合計一二万五一〇〇円であったこと、金平翰は、前記第一審原告らに対する本件貸金回収の手段として昭和二九年七月ごろから右アパート三七室のうち管理室、一六号室、二一号室、三八号室、五八号室の五室を占有していたことが認められる。
しかし、金平翰が右五室以外に貸室全部を占有し、貸室賃借人から一か月合計一二万五一〇〇円(五か月分として六二万五五〇〇円)の貸室料を徴収していたという旨の前記第一審原告ら本人の供述部分は、前記甲第一号証、第一審被告金尚淑本人尋問の結果と対比してたやすく信用できず、ほかに右事実を確認するにたる証拠がない。そして、前記甲第一号証、証人豊蔵利忠の証言、第一審被告金尚淑本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すれば、金平翰の前記五室の占有やその利得については本件和解の争いの対象となっていたものであり、第一審原告秋山小まつは、本件和解に際し、本件仮登記担保権利者である金平翰に対し右五室の占有が本件貸金債権の回収を確保するための適法なものであることを承認し、従来の右占有による損害や利得等の債権債務関係も一切和解で解決し、前記第一審原告らが右貸金債務を完済するまで、無償でその使用を認める趣旨で本件和解をしたものであることが認められる。
そうすると、金平翰が本件和解前ダイヤアパートを不法に占有していたことを前提とする前記第一審原告らの錯誤の主張は理由がない。
4. 請求原因第二項(一)(3)について
しかし、前記のとおり、金平翰が雨積平治郎に対しスタンドエリザベスの老舗権を売渡して同人からその売買代金四八万七五〇〇円を受領した事実については、これを認定することができず、また、ダイヤアパートの貸室料五か月分六二万五五〇〇円を不当利得したものでもないから、右各金員を本件貸金債務に充当さるべきであるという前記第一審原告らの主張は理由がない。
5. 第一審被告金尚淑および金平翰が昭和二九年一二月中ごろ第三者に対しスタンドエリザベス内にあった第一審原告秋山圭所有の営業用什器を三五万円で売却し不当利得したという当審の主張2、3について
第一審被告金尚淑本人尋問の結果によれば、第一審被告金尚淑および金平翰は本件和解成立後、別紙和解条項5に記載されている第一審原告秋山圭所有のカウンター、カウンター椅子、テーブル、冷蔵庫等営業用什器を第一審被告金尚淑方倉庫に保管していたことが認められる。右営業用什器が現在でも第一審被告金尚淑方倉庫に保管され残存しているかどうかはともかく、同第一審被告および金平翰が右営業用什器を他に三五万円で売却したとの前記第一審原告ら本人尋問の結果は、第一審被告金尚淑本人尋問の結果と対比してたやすく措信できず、ほかに右事実を確認するにたる証拠はない。
よって、この点の前記第一審原告らの主張は理由がない。
6. 前記第一審原告らが昭和三〇年一月二九日金平翰に対し本件貸金債務につき弁済の提供をし、かつその際の金平翰の受領拒絶が甚だしく信義則に反するという請求原因第二項(二)(1)(2)について
しかし、当裁判所も右主張はいずれも採用できないと判断するものであって、その理由は原判決の理由説示(原判決二五枚目裏八行目から同二八枚目表二行目まで)と同一であるから、これを引用する(ただし、原判決二六枚目裏六行目「本件(イ)(二)」とあるは「本件(ロ)(二)」と訂正する)。
したがって、前記第一審原告らは、本件貸金債務の約定遅延損害金(ただし、後記認定の利息制限法の制限を超える部分を除く)の支払義務を免れることはできない。
7. 約定遅延損害金日歩三〇銭が利息制限法に反し無効であるとの請求原因第二項(二)(3)について
昭和二九年一二月七日成立した本件和解において、第一審原告秋山圭、同秋山小まつが金平翰に対し本件貸金二五〇万円を昭和二九年一二月二二日限り支払うこととし、右支払を遅滞したときは支払期日の翌日から日歩三〇銭の割合による遅延損害金を支払うべき旨定められていたことは前記1項に述べたとおりである。
ところで、右和解による遅延損害金日歩三〇銭の約定は現行利息制限法(昭和二九年五月一五日法律第一〇〇号、施行期日昭和二九年六月一五日)の施行後になされたものであるから、右約定が裁判上の和解でなされたものであっても、その約定利率は同法の規定する制限に服すべきである(同法は地代家賃統制令一〇条のような規定を設けていない。)そして、右利息制限法四条によると、金銭を目的とする消費貸借上の債務の不履行による賠償額の予定は、元本が一〇〇万円以上の場合には年三割を超える部分が無効である旨定められているから、本件貸金債務の約定遅延損害金のうち年三割を超える部分は無効であるといわなければならない。なお、債務者が利息制限法所定の制限を超える金銭貸借上の利息、遅延損害金を任意に支払ったときは、右制限をこえる部分は、民法四九一条により残存元本に充当されることとなるものである(最高裁判所昭和三九年一一月一八日大法廷判決、民集一八巻九号一八六八頁参照)。
8. 第一審被告金尚淑および金平翰が本件和解成立後も前記ダイヤアパートを占拠し、貸室賃借人から不当に賃料を領得していたとの請求原因第二項(三)(2)(3)並びに当審の主張4について
しかし、第一審原告秋山小まつは、本件和解において、金平翰および第一審被告金尚淑に対し、前記第一審原告らが本件貸金債務を完済するまで前記ダイヤアパート内の管理室等五室の無償使用を認めていたことは前記3項に認定したとおりであり、前記第一審原告らが本件貸金債務を完済していないことはのちに認定するとおりである。そして、金平翰および第一審被告金尚淑が本件和解成立後昭和三〇年三月二〇日までの間、右五室以外の貸室を占有し、貸室賃借人から貸室料を徴収していたとの旨の前記第一審原告ら本人の供述部分は、第一審被告金尚淑本人尋問の結果に照らすとたやすく信用できず、ほかに右事実を確認するにたる証拠はない。もっとも弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第一二号証によれば、前記ダイヤアパートの貸室賃借人の一部の者が昭和三〇年六月ごろ金平翰に対し賃料二か月分を支払ったことが窺われるけれども、一方、前記甲第六、七号証によれば、第一審原告秋山小まつは、昭和三〇年三月三〇日ごろ訴外永島久子に対し代物弁済により前記ダイヤアパートの土地建物の所有権を譲渡し、同年四月一日その旨の所有権移転登記手続を経由していることが認められ、それによれば、特段の事情のない限り第一審原告秋山小まつは昭和二九年三月三〇日ごろ訴外永島久子に対し右ダイヤアパートの賃貸人としての地位をも譲渡したものと推認されるところ、本件全証拠によるも、右賃貸人としての地位の譲渡を留保したという特段の事情が認められない。したがって、金平翰が昭和三〇年六月ごろ右アパート賃借人から徴収した前記二か月分の賃料は、第一審原告秋山小まつに対する関係では不当利得とならないものというべきである。
そうすると、前記第一審原告らの前記主張はいずれも理由がない。
9. 当事者間に争いのない弁済等の事実(請求原因第二項(三)(1)、(4))
前記第一審原告らが本件貸金債務の弁済として金平翰に対し、昭和三〇年一月一〇日一四万二五〇〇円、同月二五日一一万二五〇〇円、同年二月九日一一万二五〇〇円をそれぞれ支払ったこと、金平翰が昭和三〇年六月一六日第一審原告秋山小まつ所有の大阪市北区大融寺町に所在する家屋を代金八〇万円で他に売却し、内売却に関する経費二〇万円を差引いた六〇万円を領得したことは、当事者間に争いがなく、右六〇万円が本件貸金債務の弁済に充当されたことは弁論の全趣旨によってこれを認めることができる。
10. 前記第一審原告らが昭和三一年七月五日金平翰に対し弁済の提供をしたとの点について
前記第一審原告らが昭和三一年七月五日本件貸金債務の元利合計は一七二万円であるとしてその弁済のため現金一七二万円を金平翰方に持参し、同人不在のため第一審被告金尚淑にこれを呈示してその受領を求めたが、同第一審被告はその受領を拒否したことは当事者間に争いがない。
ところで、前記1ないし9に認定した事実関係にもとづき昭和三一年七月五日現在における本件貸金債権の残存額を算定すると、別表8の計算書のうち番号6記載のとおり元金および遅延損害金の合計額が二四五万〇〇五〇円となり、前記第一審原告らが同日提供した一七二万円は右合計額の一部(差額約七三万円)であるに過ぎないものであるから、同第一審原告らの前記一七二万円の提供をもって、とうてい本件貸金債務の本旨に従った履行の提供をしたものということはできない。
したがって、同第一審原告らは前同日第一審被告金尚淑に対し前記一七二万円を提供した事実をもって、前記年三割の約定遅延損害金の支払義務を免れることはできない。
11. 訴外永島正道が第一審被告金尚淑に対し本件貸金債務を弁済しているとの当審の主張について
前記甲第六、七号証、成立に争いのない甲第一九、二〇号証、当審における第一審原告秋山小まつ本人尋問の結果および同結果によって真正に成立したものと認められる甲第一八号証を総合すれば、前記のとおり第一審原告秋山小まつは、昭和三〇年三月三〇日ごろ訴外永島久子に対し、別紙物件目録(ロ)(一)(二)記載の土地建物(前記ダイヤアパート)の所有権を譲渡したのであるが、右永島久子の夫永島正道は、右土地建物になされている別紙登記目録二(一)ないし(三)記載の各登記を抹消するため、第一審被告金尚淑に対し、本件貸金債務の弁済として、昭和三三年八月二九日二〇万円、昭和三六年七月七日八〇万円合計一〇〇万円を支払っており、その結果、昭和三四年八月二一日同第一審被告から右各登記の抹消登記手続を受けていることが認められる。
そうすると、前記第一審原告らの本件貸金債務は、訴外永島正道の前認定の弁済によりその分だけ消滅したものといわなければならない。
12. 本件貸金債務の残存額計算
以上認定の1ないし11の事実関係にもとづき、本件貸金債務の残存額を算出すると、別表8計算書番号8記載のとおり、昭和三六年七月七日現在残元金一八六万二三四四円、遅延損害金二三八万七四二四円となるものである。
四、結論
1. 前三の12項記載の認定事実によれば、第一審原告秋山圭、同秋山小まつは連帯して第一審被告金尚淑に対し、本件貸金四二四万九七六八円および内金一八六万二三四四円に対する昭和三六年七月八日から完済まで年三割の割合による遅延損害金の債務を負担しているものというべきである。
そうすると、同第一審原告らの債務不存在確認請求は右認定の限度において正当として認容すべきであるが、その余は失当として棄却を免れない。
2. 前示のとおり本件貸金債務は残存しているから、第一審原告秋山圭は無条件に別紙登記目録一(一)ないし(四)記載の各登記の抹消登記手続を求めることはできない。したがって、第一審原告秋山圭の主位的請求は失当として棄却すべきである。
3. そこで次に第一審原告秋山圭の残債務金と引換えに前記抹消登記手続を求める当審での予備的請求を検討してみる。
前記一項二の2認定のとおり、本件仮登記担保契約は処分清算を内容とするものであり、このような仮登記担保関係においては、債務者は、仮登記担保権者が目的不動産につき予約完結権を行使して所有権移転登記手続を経由した後であっても、清算金の提供を受けるまでは、債務全額を完済して仮登記担保関係を消滅させることのできるものと解すべく(前記最高裁判所昭和四九年一〇月二三日大法廷判決および昭和五四年二月二二日第一小法廷判決、判例時報九二七号一九二頁参照)、したがって、処分清算の場合の債務者は、仮登記担保権利者から清算金の提供を受けていない限り、同権利者に対し債務全額の支払と引換えに前記所有権移転登記等の抹消登記手続を求めることができるものと解すべきである。
これを本件についてみるに、第一審原告秋山圭は、第一審被告金尚淑から清算金の提供を受けていないこと前述のとおりであるから、同第一審原告は同第一審被告に対し前四の1項記載の債務金の支払を履行するのと引換えに別紙登記目録一(一)ないし(四)記載の各登記の抹消登記手続を求めることができるものであり、したがって、同第一審原告の予備的請求は正当として認容すべきである。
第二、第一審被告金尚淑の第一審原告秋山圭、同秋山小まつに対する反訴請求について
一、同第一審被告は、同第一審原告らに対して別紙物件目録(イ)(一)ないし(四)記載の各物件が同第一審被告の所有であることの確認を求めているのであるが、右確認を求める趣旨は、右各物件の所有権が完全に同第一審被告に帰属している旨を明らかにするためであることは、反訴請求原因によって容易に窺われるところである。
しかしながら、本件のような仮登記担保関係においては、仮登記担保権利者が目的不動産につき予約完結権を行使し所有権移転登記手続を経由した後であっても、債務者に清算金を提供するまでは、目的不動産の所有権は、仮登記担保権者の有する換価処分権によって制約されてはいるが、なお、債務者にあるものと解すべきである(最高裁判所昭和五〇年一一月二八日第三小法判決、判例タイムズ三三五号二〇四頁参照)。
そうすると、本件の場合、第一審被告金尚淑が前記各物件につき清算未了であること前述のとおりである以上、右各物件の所有権はなお第一審原告秋山圭にあるものといわなければならない。なお同第一審被告の抗弁(原判決一五枚目裏末行から一六枚目裏六行目までの主張)を、同第一審被告が昭和三九年一月一四日に右各物件の所有権をあらためて確定的に取得した旨の主張であると解しても、本件全証拠によっても右主張事実を認定することができない。したがって、右各物件の所有権が完全に同第一審被告に帰属していることを前提とする前記所有権確認反訴請求は失当であり、これを棄却すべきである。
二、右のように別紙物件目録(イ)(一)ないし(四)記載の各物件の所有権はなお第一審原告秋山圭にあるけれども、本件のような仮登記担保関係においては、仮登記担保権者は、債務者が債務を履行しなかったときは、これにより取得した目的不動産の処分権の行使による換価手続の一環として、債務者に対して右不動産の引渡を求めることのできるものと解すべきである(前記最高裁判所昭和四九年一〇月二三日大法廷判決参照)。
しかるところ、本件の場合、債務者である第一審原告秋山圭、同秋山小まつが本件貸金残債務の履行を遅滞していることは明らかであり、また同第一審原告らが前記各物件を占有していることは当事者間に争いがないから、同第一審原告らに対し、右各物件の引渡を求める第一審被告金尚淑の反訴請求部分は正当として認容すべきである。
第三、被控訴人金尚淑の控訴人坂下宇八に対する請求について
一、明渡請求部分
仮登記担保権利者は目的不動産の換価手続の一環として第三者に対しその占有する目的不動産の明渡しを求めることのできることは、前記最高裁判所昭和四九年一〇月二三日大法廷判決の判示するところである。
これを本件についてみると、控訴人坂下宇八が、別紙登記目録一(一)ないし(三)記載の仮登記経由後の昭和二九年一〇月一〇日ごろ第一審原告秋山圭から別紙物件目録(イ)(四)記載の建物を賃借し、以後これを占有していることは同控訴人の自白しているところであるから、同控訴人の右占有は金平翰および被控訴人金尚淑に対抗することができず、前説示の理由により控訴人坂下宇八は被控訴人金尚淑に対し右建物を明渡す義務がある。よって、その履行を求める同被控訴人の請求部分は正当として認容すべきである。
二、損害賠償請求部分
被控訴人金尚淑は控訴人坂下宇八に対し、前記建物の所有権を侵害されたとして、昭和三〇年一一月二六日から右建物明渡済に至るまで一か月一〇万円の割合による賃料相当の損害金の支払を求めているのであるが、右請求を認容することはできない。
すなわち、仮登記担保権者は、第三者に対し目的不動産の明渡を求めることができる場合であっても、明渡を拒否し占有を継続する第三者に所有権を侵害されたことにより賃料相当の損害を被ったとしてその賠償を求めることは、換価処分前においても、仮登記担保権者が目的不動産を使用収益することができる旨の約定があるなど特別の事情がない限り許されないものというべきである(最高裁判所昭和五〇年二月二五日第三小法廷判決、民集二九巻二号一一二頁参照)。
しかるところ、本件全証拠によるも、被控訴人金尚淑において前記建物を使用収益することのできる約定を有するなど特別の事情の存在を認めることができないから、同被控訴人が控訴人坂下宇八に対し前記損害金の支払を求める部分は、理由がないものとして棄却を免れない。
第四、以上の次第で、第一審被告金尚淑の本件控訴を棄却し、第一審原告秋山圭、同秋山小まつ、控訴人坂下宇八の控訴に基づき原判決を本判決主文第二項以下のとおり変更する。すなわち、1第一審原告秋山圭、同秋山小まつの第一審被告金尚淑に対する債務不存在確認請求は本判決二項1記載の限度において、2第一審原告秋山圭の第一審被告金尚淑に対する当審での予備的抹消登記手続請求および、3第一審被告金尚淑の第一審原告秋山圭、同秋山小まつに対する土地建物引渡反訴請求、4被控訴人金尚淑の控訴人坂下宇八に対する建物明渡請求は、いずれもこれを認容し、5第一審原告秋山圭、同秋山小まつの第一審被告金尚淑に対するその余の債務不存在確認請求、第一審原告秋山圭の第一審被告金尚淑に対する主位的抹消登記手続請求、第一審被告金尚淑の第一審原告秋山圭、同秋山小まつに対する所有権確認反訴請求、被控訴人金尚淑の控訴人坂下宇八に対する損害賠償請求部分はいずれもこれを棄却する(なお、第一審原告秋山小まつは、当審において、別紙登記目録二(一)ないし(三)記載の各登記の抹消登記手続を取下げた)。
よって、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条本文を、仮執行の宣言につき同法一八九条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 奥村正策 裁判官 広岡保 井関正裕)
<以下省略>